大川小の悲劇を繰り返すな

宮城県石巻市の大川小学校や、あの震災で亡くなった御霊に慰霊させていただきます。
 あの、悲劇、なぜ起こったか?石巻市は、正しい考証をせず、遺族が起こした損害賠償裁判で控訴した。
 状況を見ていると、当時、校長不在の現場で、避難方法の正しい判断を留保した教頭の責任に帰結する。
 これは、トップダウンを責任の在りかとする日本の組織体の姿を如実に表している。あの子供たちと教員は、組織に抹殺されたのだ。
似たような事件が、近年、韓国でも起きた。セウォル号沈没事故がそれだ。
 誤ったトップの判断で300名近い若い命が失われた。

 ここで考えなければならないのが、出る釘の必要性だ。
 当時現場では、その場の判断に対して、反論を唱える子供や教諭が少なからずいたという。
 こうした場合、指揮にあたるトップは、個人の自由裁量にゆだねることが適切ではないだろうか。これこそが、最適な個人責任ではなかったのか。
 両現場で助かった少数の子供は、体制に身をゆだねず、組織の判断に逆らった者たちだった・・・考えさせられる悲劇だ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする